戦車道路<尾根緑道>を歩く(2014 09 7)

 平成26年9月7日(日)13:30に京王相模線「多摩境駅」に小学生を含む11名が集合。駅北側の多摩境道路を一旦西に向かい、都立小山内裏公園の西側入口から、尾根緑道を東に向かう。入口付近の案内板前で今回の案内人Aさん手作りの資料を見ながら、散策コースの説明をしていただき歩き始めた。
 この日は午前中雨で、傘をさしながらの散策かと思っていたが、幸い歩き始める直前に雨は上がり、曇り空の下、雨にぬれた木々の緑の中をJR横浜線「淵野辺駅」まで歩くことができた。
 
(戦車道路)
 現在は尾根緑道として整備され、都民の憩いの場となっているが、この道路は第二次世界大戦中に陸軍相模造兵廠で作成されていた戦車の試走用に多摩丘陵の尾根を切り通しで平にして作られた道路だった。
 道路の西の端は、八王子市の鑓水で現在の国道16号と交わる地点、東の端は、桜美林大学の北にある大賀繭絲館で、「尾根緑道入口」のバス停もある。全長約9kmとあるが、今回は西の端から2kmほど東の都立小山内裏公園から東側を歩くことにした。尾根緑道という名称から、未舗装の木々に覆われた道幅もさほど広くない山道を想像しており、直前までの雨で足元を心配していたが、道幅は片側8mほどあり、舗装された平坦な道であった。周囲を木々で囲まれていなかったら、市街地の立派なメインストリートである。
 戦争直後に米軍が撮影した空中写真にも相模原の造兵廠から続くこの尾根道がくっきりと写っている。戦後は米軍が接収し、米軍が戦車の試走路として使ったこともあったという。当時は、未舗装の切通しのままだったようだが、昭和40年ころには多摩ニュータウンの建設時の開発道路として使用され、開発が一段落した昭和50年代に町田市が整備を行い、現在の遊歩道になったのは昭和59年からということである。
 周囲は、ニュータウンの開発で、市街化が進み建物が立ち並んでいるが、この道路沿いは樹木に囲まれ、別世界を作りだしている。尾根道であるため、南側を覆うの樹木が切れたところからは、眼下に広がる市街地の向うに富士山や丹沢の山々を一望でき、道路沿いには、植物や動物に関する自然や遺跡等の歴史に関する説明板も設置され、都民の憩いの場になっている。
 
●都立小山内裏(おやまだいり)公園
 多摩ニュータウンの西部に位置し、町田市と八王子市にまたがる面積46haの丘陵地の公園で、大部分はサンクチュアリとなっており立ち入ることができない。戦車道路は、西側はほとんど八王子市と町田市の境界上を通っているが、この公園内は公園の南端の尾根筋を東西に繋いでおり、西側と東側の2か所に南側を望む展望広場が整備されている。西展望広場の北側の谷間には多摩川の支流、大田川の源流である大田切池がある。丘陵の自然が残る一帯には、開発でほとんど消えてしまった動植物も見られる。
  戦車道路は、東展望広場の北側で再び八王子市と町田市の境界上になる。その西の端小山内裏公園の東端北側斜面にはかわら尾根瓦窯跡(がようし)がある。瓦を焼いた4基の窯跡(かまあと)が発見され、ここで作られた瓦は相模国海老名の国分寺と国分尼寺に使われていたが、この付近には斜面を利用した登り窯の跡が複数発見されており、近くのの窯では武蔵国の国分寺で使われた瓦も焼かれていた。

●町田テクノパーク
 小山内裏公園を過ぎ、八王子市と町田市の境界上の道を東に向かう。道路の南側1kmほどは、カインズホーム、コストコといった大型店のほか、サンリオやディノスの物流センターの近代的で大きな建物が立ち並ぶテクノパークになっている。テクノパークの東端をトンネルで都道158号が抜けるところは南側の眺望が開け、テクノパークの建物や橋本駅周辺の構想ビル、その向こうに丹沢のスカイラインが一望できる。そこから500mほどで八王子市を離れ、町田市に入る。

●戦車道路へのアクセス道路
 町田市に入ると歩道の両側は、車道となり、歩道部分の両側は欅の並木となる。
 町田市に入り500mほど東に進んだところで、南側に向かう道路と交差する。戦車道路を東西にほぼ等距離に分けるこの道路が旧陸軍相模造兵廠から戦車道路へのアクセス道路である。

●桜並木
 アクセス道路をさらに東に進む。欅並木の外側の車道沿いには住宅も見られる。1kmほど行ったところで谷間のバス通りと交差し、そこを過ぎて再び尾根道へ向かうと、欅並木から桜並木に変わる。よく見ると、木に桜の種類の札が付けられており、通り沿いに多様な桜が植えられていることが分かる。
 桜並木の道を500mほど東に歩いたところで低い石垣があったが、北側には、谷戸池公園があり公園整備のためのもののようである。ここまで歩き続けたため、少し休憩することにした。
 
 休憩後歩き始めた北側に、「幻の桜・カタオカザクラ」と書かれ説明板にが目に入ったが、説明板の大きさに比べ実際の木が未だ小さく、どれがその桜か木に付けられた名札を見ないと分からなかった。
 この桜は、説明板には次のように紹介されている。

○幻の桜・カタオカザクラ
 この「カタオカザクラ」は、昭和二〇年五月に長野県塩尻市片丘の山林で発見されたものです。
 その後、片丘の自生地が山火事に遇い消失し、幻の桜となりました。
 東大理学部付属植物園日光分圓に移植されていた一本の木から片丘ザクラ保存会の皆様の永年におよぶ努力により、百数一〇本がふる里の地に蘇りました。
 この貴重な「カタオカザクラ」は町田市と桜でつなぐ友好のために、塩尻市より寄贈されたものです。 
                                      平成十三年四月七日 町田市

 さらに東に進んだところで太い桜の木のある広い場所に出た。メンバーのKさんは道路の東端に近く、戦車道路に関わる何らかの施設があったのではないかと、痕跡を探して地面に埋もれた古そうなコンクリート塊を見つけていた。
 桜の木の前には、戦車道路の大きな説明板があり、東側から歩く人のための起点となっているように思えた。

 東端に近い展望広場まで歩いたところで記念撮影をして、尾根緑道の東端にはほぼ予定どおり16:00ころに到着した。

 懇親会は淵野辺駅付近ということにしていたので、近くのバス停まで歩き、バスで駅まで向かう予定にしていた。私たちの前を桜美林大学の弓道部の学生さんと見られる一行がバス停まで歩いていたが、バス停でしばらく止まった後、先に向かって歩き始めた。私たちもバス停に向かいバスの時刻を確認したところ、次のバスが到着するまで20分以上時間があることを知り、既に9kmほど歩いていたが、淵野辺駅まで歩くことにした。
 淵野辺駅には、乗るはずのバスの到着とほぼ同時についたが、バスよりは早く着いたようである。
 まだ17:00前だったが、Kさんが調べておいてくれた16:00から開いている店に入り、タイムサービスの飲み物で喉をうるおし、19:00ころ淵野辺駅で横浜線の電車に乗り八王子方面へ向かった。

 


戦車道路


西展望広場


丹沢の山並み


小山内裏公園の説明板

八王子との境界から町田市の中の道路に入る


町田市に入ると歩道の両側は車道となる


陸軍相模造兵廠からのアクセス道路


大きなな桜がある広場

東端で参加者の記念撮影

 

 

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